時を重ねた宝もの 第一回
今日は母の日です。
お花を贈ることも、言葉を伝えることも、もうできない母へ。今年の母の日は、大切にしまっていたあの本のことを書こうと思います。

小さな付録本との再会

母が持っていた、古い雑誌の付録があります。
薄くて小さな料理本。「朝・昼・晩のおかず」と書かれた、青い表紙の冊子です。表紙はひび割れ、背表紙はすっかりよれてしまっている。状態は、正直お世辞にも良いとは言えません。
でも、捨てられない。ずっと、捨てられないでいます。
母の傍らで眺めていた、あの頃

小さな頃、母がこの本を手に取っているそばで、私はよくページをめくっていました。
料理の写真、献立の名前、昭和の台所の色。子どもだった私には作れるものは何もなかったけれど、なぜかその本が好きで、ただそこにいた。母の傍らで、ただそこにいた、あの時間。
表紙には、キッチンに立つ女性が微笑んでいます。
母も毎日、この本を手に取りながら、私たちの食卓を作ってくれていたのでしょうか。そう思うと、ボロボロであることさえ、愛おしくなります。
物にも冥利がある

女優の樹木希林さんは、こんな言葉を遺しています。
「物にも冥利があるじゃない」
物が本来の役割を果たせるよう、最後まで使い切ること。
この料理本は、お母さんの台所で、ちゃんとその役割を果たし続けた。朝ごはんの献立に、お昼のおかずに、夕飯の一品に。何度も何度もページを開かれながら、家族の食卓を支えてきた。
だからこそ、こんなにくたびれている。この傷み方が、全部、時間の証拠です。
手放せなくて、いい

状態が悪いから捨てるべきか、と何度か考えたことがあります。
でも今は思います。これはお母さんの時間が閉じ込められた、私だけの宝もの。ボロボロのページの一枚一枚に、母の手の温もりが宿っている気がして。
今日、母の日に、久しぶりにそっとページを開いてみました。
昭和の台所の空気が、そのまま流れ出てくるような気がしました。
お母さん、ありがとう。




次回の「時を重ねた宝もの」もお楽しみに。

